一人の男性が自分の人生を生きるまでの物語。 西加奈子/サラバ!

公開日: : 最終更新日:2015/03/15 小説(国内)

直木賞受賞で盛り上がっている話題の小説。
西加奈子は書店員とかの評判もよく、
今回の受賞を喜んでいる業界人も多いんじゃないかという印象。

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本好きに愛される作家、なんだろう。
そして割と女性ファンが多い気がする。

独特の感性を持っていて、
普段、意識するとしないとに関わらずもやっと感じていることを
うまく言葉に言い表わしてくれるようなタイプの作家だと思っていて、
わかりやすく派手な物語を書く作家の類ではないのだと思う。
だからこそ、本読みに愛される作家なのだろう。

面白い本ではなく良い本であり、
手に汗握るのではなく、じんわりくる、そんな感じ。
だから、とても愛されやすい作家だ。

だからこそ逆に西加奈子が好きだ、と言う人は増殖している気がする。
なんとなく、本が好きな自分を演出するのにうってつけの作家になりつつある。
村上春樹が好きだってのは、たいていの場合、
私は本を読みませんってのと同意だから、
もうちょっと読んでる感を出すには良いんじゃないかな。

僕たちが簡単に失ってしまう言葉は、
でも、言葉として発した瞬間、何かに命を与える。
発した刹那に消えるが、残るのだ。
僕は僕の言葉を持っているうちに、書きたかった。
一刻も早く書きたかった。
下巻 P.348

こういう言葉を大切にしてる風な所とかにハートを鷲掴みされちゃうんだろう。
別に否定はしない、このセンテンスは素敵だと思うし。

というわけで、あまり興味なかったのだけど、
自分の周囲にも西加奈子好きが増殖してきたので、
どんなもんかな、って思ってこの機に読んでみた。
あまりにも現代の作家から離れていたからちょっとだけ楽しみだった。

物語は圷歩(あくつ・あゆむ)という一人の男の半生を辿ったもの。
強烈な家族ののなかで、なんとなく、うまいこと周囲に合わせながら、
普通に生きていた男が、持っていたものを失いながら、
自分には何もないことに気づく。

「歩、すごく揺れてるように見えるわ。」
「揺れてる?」
「そう、揺れてる。歩には芯がないの。」
言っていることはいまいち分がらなかったが、
嫌なことを言われたことだけは分かった。
僕は子供のように拗ね、黙り込んだ。
姉には言われたくなかった。
僕の生活のどんなことも、
散々僕達に迷惑をかけてきた姉にだけは、言われたくなかった。
下巻 P.243

まじめに普通に生きてきただけなのに、
なぜか幸せになれないってありそうな話。
なんとなく生きてきて、芯がない、
なんてのもたくさんありそうな話。
人に語れるほどの芯を持っている人間の方が少ないだろうし。

結局この物語のテーマは、
自分の信じるものは自分で決める、ってこと。
これを信仰の物語とするレビューが
Amazonにあったけど、信仰と言うよりは、生き方の問題の話。
それ自体はとても素晴らしいし、まっとうな事なんだと思う。
そういう意味では、期待してた以上の小説だった。

昨年売れた『嫌われる勇気』なんかとも通じるところがあって、
結局自分の人生の主人は自分である、という自立性、
その強さにあこがれる人たちが多いってことなんだと思う。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
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それは裏を返せば普段我々がいかに多くのしがらみに
囚われているかってことでもある。
みんな気使い合い過ぎておかしくなっちゃってるのかもしれない。
縛られなくてもいいものに縛られまくっちゃってるのかもしれない。
気がついたら、自分の意志で生きてない、なんて笑えないけどありそうな話。

そつの無い八方美人は、誰からも好かれ、嫌われないのかもしれないけれど、
誰からも愛されないかもしれない、そんなこともなぜか考えてしまった。

というわけで、この物語は自分の信じるものを見つける話。
以下のシーンのためにこの物語は存在しているのであり、
すべてはそのための引き立て役に過ぎない。

「私が、私を連れてきたのよ。
今まで私が信じてきたものは、私がいたから信じたの。
分かる? 歩。
私の中に、それはあるの。
『神様』という言葉は乱暴だし、言い当てていない。
でも私の中に、それはいるのよ。
私が、私である限り。」
僕はうつむいた。
姉を直視することが出来なかった。
そうしていても尚、姉の気配だけは感じられた。
恐ろしく濃厚な気配だけは、感じることが出来た。
「私か信じるものは、私が決めるわ。」
僕の足元を、蟻が這っていた。
黒いその体は、踏むとすぐ潰れるだろうと思った。
「だからね、歩。」
僕は蟻を、じっと見ていた。
「あなたも、信じるものを見つけなさい。
あなただけが信じられるものを。
他の誰かと比べてはだめ。
もちろん私とも、家族とも、友達ともよ。
あなたはあなたなの。
あなたは、あなたでしかないのよ。」
僕は、姉をそこに残し、歩き始めた。
姉はひるまなかった。
姉は、そこにいた。
かつて自分が信じ、やがて鮮やかに捨て去ったものの前で、じっと立っていた。
「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」
P.250

あと、やはり小説の楽しみはディテールにある。
本筋とは関係ないかもしれないふとした描写や、
ちょっとしたエピソード。
そんな中にぐっと来る言葉が詰まっていたりする。

作家自身がカイロで育っており、
自身の体験も織り交ぜながら書いているのだろう。
前半のエジプトでの生活はけっこう厚みのある描写だったと思う。
現地民との距離のとり方とか、それに関する感受性は鋭く、興味深い。

あなたたちに対して悪意はない、あなたたちのことを見下してはいない、
そう言えない代わりに、僕は笑っていた。
そして「彼ら」が、僕の笑顔に喜んで近づいてくると、恐怖で震えた。
心の中で「こっちへ来るな」、そう叫んでいた。
僕に唾を吐いたあの子は、僕の笑いの意味に、気づいていたのだ。
僕が結局、彼らを下に見ていたことに。
扱いづらい、僕だちとはレベルの違う人間だと、認識していたことに。
母のやり方は絶対に間違っていたが、間違っている分、真実だった。
己を貶める行為をすることで、母は彼らと同じ圸平に立っていた。
「そんなこと、してはいけないことだ」「人間として下劣だ」、
そう糾弾されるやり方で、母は叫んだ。
でも僕は、安全な場所で、誰にも石を投げられない場所で笑顔を作り、
しかし圧倒的に彼らを見下していたのだ。
母よりも、深いところで。
上巻 P.184 – P.185

そんな主人公がエジプトを去るときの心境もまた、
アンビヴァレントな思いをうまく表現している。

いつか必ず、エジプトに戻ってくるんだ。
その瞬間強く、本当に強くそう思ったが、
僕は、情けないくらい、圧倒的に子供だった。
いつか自分が大人になって、
両親の庇護のもとから抜け出すことになるなんて、想像も出来なかった。
絶対に戻ってくる、そう思う心のどこかで、
もう二度と戻ってくることは出来ないだろうと、諦めてもいた。
上巻 P.261

あと、身も蓋もない本音みたいなものが
どれだけ描写できるかって重要だと思っていて、
そういうところに出くわすと嬉しくなる。

例えば、思春期男子のくだり。

『私が今橋君とお付き合いするようになって、
みんなが私をうらやましそうに見ています。
はやく一緒に帰りたいです。
一緒に歩いて、この人は私の彼氏よと、みんなに自慢したいな。』
僕はもちろん、有島の「一緒に帰りたい」に喜んだのではなかった。
「みんなが私をうらやましそうに見てい」ることを、喜んだのだった。
嫌な奴だと蔑まれても構わない。
思春期の男子なんてそんなものだと、僕ははっきり断言しよう。
上巻 P.321

あるいは、自分が落ちぶれてる時の彼女に対するこんなところ。

澄江も優しかった。
そしてぬるい湯のようだった。
だが、澄江といると、自分がどうしても「落ちぶれた」、と思ってしまう。
決して美しくない、年上の澄江に頼って暮らしている、
33歳の薄毛の自分を、まざまざと思い知らされるのだった。
須玖と鴻上といると、僕は自分の黄金時代を、
やすやすと思い出すことが出来た。
僕が須玖といたとき、僕がどれほど輝いていたのかを、
僕が鴻上といたとき、僕がどれほど女の子に騒がれていたのかを、
僕は現在の自分を無視して思い返すことが出来た。
それがどれほど卑しい行為かは十分に分かっていたが、
僕は現実の自分に散々痛めつけられていた。
現実を見たくなかった。
僕には、輝かしい思い出の中にしか、自分の姿を認める勇気がなかったのだ。
だから段々、澄江と会う回数は減っていった。
下巻 P.202

人間なんて、みんなどこかしらドロドロしていて、
聖人君子なんていない。そんなやつ信用しない。
どこかにゆがんだ欲望があるはず。
承認欲求かもしれないし、権力欲かもしれないし、
金かもしれないし、性欲かもしれない。
そういうところが人間くさい魅力だと思うから、
そつなくきれいごと言ってる人とか見ると俄然興味が湧く。
そうは言うけど、本当はどうなんだろう?って。

だから上のような描写はとても面白い。
すごく、人間としては駄目な、クズの考えだと思うけど、
そのクズさに共感する。

で、歩が学校に持っていって隠しておいたゲイ雑誌が、
見つかった(でも犯人はわかってない)時の先生の一言が
この作品の面白シーンとして語り継がれていくだろう。

「私は、その雑誌を持ってきた生徒に言いたい。」
先生は、スウと、息を吸った。
「君は卑猥だとっ!」
上巻 P.194

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